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〜遊湯旅日記〜 第25回 一熊野へ行く(その5)
熊野を訪ねてからしばらくして、新聞の片隅にショッキングな記事が載っていた。熊野古道中辺路の牛馬童子像の頭部が何者かによって破壊され、その頭部が持ち去られたというのだ。しばらく前にそこを訪れ、写真を撮ったばかりなので、その文化的価値の大小はさておいて、私にはバーミヤンの石仏がタリバーンに爆破されたことに勝るとも劣らない出来事であった。
世界遺産に登録されている紀伊山地の参詣道のなかで、熊野三山に向かう熊野参詣道には、京都と熊野三山及び熊野三山相互を結ぶ最も重要な参詣道で歴史も古い中辺路(なかへち)、紀伊半島西岸を通る大辺路(おおへち)、高野山と熊野三山を結ぶ小辺路(こへじ)、紀伊半島東岸を通り、伊勢神宮と熊野三山を結ぶ伊勢路(いせじ)の4つのルートがあり、なかでも歴史が古く頻繁に利用されたのが中辺路である。
田辺から熊野三山を回る中辺路は現在の熊野街道に沿っているところが多いので、一定の区間だけを歩く古道巡りルートとして人気がある。その入り口から間もないところにあるのが中辺路のシンボルとして親しまれていた牛馬童子像だ。その愛らしい姿は熊野詣の花山法皇の姿を刻んだものといわれている。その側には法皇の経塚と伝わる宝篋印塔(ほうきょういんとう)もある。幸いにして被害を受けた像は県立博物館に展示されていたレプリカを元に今は再現されているそうだ。
中辺路の難所も少し訪ねようと、大雲取越えの山道も歩いてみた。小口の集落から巨石に梵字(ぼんじ)が刻まれている円座石(わろうざいし)まで800m。往復30分と楽観していたら意外に急勾配が続いて思わぬ時間をくった。写真だけ撮って石段の道を急いで下り、出発点の白浜空港に向かった。(この項おわり)
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